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現代百鬼袋 ―obakeno-hukuro―
第十夜 燈台鬼(とうだいき)
軽大臣遣唐使たりし時、唐人大臣に唖になる薬をのませ身を彩り頭に燈台をいただかしめて燈台鬼と名づく。その子弼宰相入唐して父をたづぬ。燈台鬼涙をながし指をかみ切り血を以て詩を書して曰、
我元日本華京客 汝是一家同姓人 為子為翁前世契 隔山隔海変生辛
経年流涙蓬蒿宿 逐日馳思蘭菊親 形破他郷作燈鬼 争帰旧里寄斯身
鳥山石燕 「今昔百鬼拾遺 雲」
薄暗い明かりに照らされて、数名の女の姿が暗闇に浮かび上がる。
それぞれが思い思いの姿で闇の中に佇む光景は、とても美しい。
彼女たちを照らす明かりは、彼女たち自身が持っている蝋燭が放つ光。
彼女たちは溶けた蝋が手に垂れても何の反応も示さない。
当然だろう。
彼女たちはすでに死んでいるのだから。
近頃ニュースでもよく見かける連続女性失踪事件。
誘拐か、殺人か、マスコミは騒がしい。
警察もいまだ犯人の特定には至っておらず、世間は不安な空気が充満していた。
捕まるはずが無い、と俺は思う。
なぜならその犯人は、俺なのだから。
俺は、中学生のときに母親を亡くしている。
そのころ、周囲では多くの友人たちが色気づき、次々とくっ付いては別れるということを繰り返していた。
そんな中、俺は別段他の女に興味も持たず、ただ友達とつるむという、退屈ではあるが楽しい日々を送っていた。
否、興味を持たなかったのではなく、興味を持てなかったのだ。
俺には男も女も同じに見えた。
他の夢見がちな奴らが言うような、時めきだとかそういうのは一切分からなかった。
今にして思えばそれは半ば病気のようなものだったかもしれない。
今だって生身の女には欠片の興味もないのだから。
健康的な男としては、これは多分、少しおかしいのかもしれない。
そんなある日、母親は死んだ。
このとき、俺は人生で始めての胸の高鳴りを感じたのだ。
棺に横たわる母親。
その顔は横に置かれた燭台のほのかな明かりに照らされて青白く浮かび上がっていた。
俺は、それを美しいと感じた。
美しいと言っても、それは感動的な美しさではなく、艶っぽく湿っぽい、色気とでも言うべき美しさだったのだ。
笑ってしまう、それこそ病的だ。
しかしそのとき俺は死んだ母親に。
否、死体に、恋をしたのだ。
そして今、俺は町で女をかどわかし。
命を奪い。
自らの蒐集品としていった。
蝋で固められた女たちは、部屋の中に無機質に佇む。
手に乗っている蝋燭の炎が、チラチラと彼女たちの姿を浮かび上がらせる。
常人が見たら悲鳴を上げ逃げ出すであろうそんな光景が、俺にとってはとても美しい世界なのだ。
まるで、ルネサンスの絵画を見ているような光景。
しかし、心中はそんな芸術を感じる心ではなく、春画を見るようなギラギラとした欲望に支配されている。
俺は手を伸ばし、一人の女に、否、一つの死体に手を伸ばした。
俺の指がその冷たく固い頬に触れようかというとき。
「『燈台鬼』とは、また随分な悪趣味じゃないか」
俺はビクリ、と背後を振り返った。
いつの間にか、一人の男がそこに立っている。
否、声を聴いたからこそ男だと判ずることができたが、ただ見ただけでは男か女か分からなかっただろう。
そいつはそれだけ中性的な顔をしていた。
限りなく黒に近い青のスーツを身に纏い、紐で括った黒髪も艶のある濡れ羽色。
その上肌までも病人のように青白い。
そいつは、入り口のドアに背中を預け、ただ部屋の中を見渡していた。
「何だお前……警察か?」
「こんな珍妙な格好をした刑事がいるか。そうだな……言うなれば、化け物退治屋、かな?」
一応変な格好だという自覚はあるらしい。
それよりも、何だって?
化け物退治?
「そりゃあ、俺が『化け物』だっていう遠まわしな侮辱かい?」
俺はそう言いながら部屋の中を移動し、机に近づく。
もちろん、視線は男から離さない。
俺の指が机の上のスタンガンに触れようかというとき、男は不意に言葉を漏らした。
「否、君は化け物じゃあない。むしろ化け物は君の周りにい『彼女ら』さ」
「え?」
言葉に俺が振り向くと、部屋の中にいる数名の女の首が、いっせいにこちらを向いた。
「う、うわあぁああぁあぁぁぁあぁぁああああぁぁぁああぁあぁ!!」
ば、馬鹿な。
彼女らはとっくの昔に、死んでいる!
そのとき、俺は先の男の言葉を思い出した。
「ば、化け物………!」
「化け物とはいえ、それを作り出したのは君なんだから、そんなに嫌っては彼女らが可哀想だろう?」
この状況でも男の声は冷静だ。
「古の軽大臣の例を引くまでもなし。彼女たちの悲しみは言うに及ばず。そしてそれを作り出した君の罪は計り知れず」
男の声が呪文のように響き、それを受けたのか、女たちの死体はゆらゆらと俺に向かって近づいてくる。
「く、来るな…………!」
後ずさっていた俺は、背後からも近づいてきた女にぶつかり、それもろとも転んでしまった。
そこに他の女たちが折り重なるように倒れこんでくる。
「うわぁあぁ!!」
パニックに陥る俺の意識を、男の声は無常にも冷静へと引き戻す。
「悲しいかな、彼女たちには唐詩を吟ずるような才はない。せめて美しい炎を立たせてくれよ?」
突然、女たちが炎に包まれた。
青々とした、熱くも冷たい炎。
その炎は嘗めるように俺をも飲み込む。
「た、助けてくれ!」
俺の叫びを、男は一言で切って捨てた。
「これは君の業罰だ。彼女たちが受けた痛みを分かち合うといい」
やがて炎は俺の視界を多い、そして視界を奪った…………………………………
警察が乗りこんだとき、その部屋には黒くこげた消し炭のような男のみが残っていた。
ともに燃えたはずの女たちの燃え残りは無く、この部屋で起きたことを知らぬ警察たちにとってはこの状況を説明するのに苦労しただろう。
青い男は、そんな喧騒の中、男の家の前をふらりとはなれ、夜の青い闇の中に消えていった。