クリスマスイヴ・トゥー・クリスマス
      Christmas Eve to Christmas
                            作 SiRaNuI


 例えば、雪の降る夜。
 身の毛もよだつ寒さの中、誰も居ない公園に置き去りにされたとする。
 しかも、半年付き合った彼女から別れを告げられた後だ。
 さらにあろう事か今日はクリスマスイヴだ。
 右手には渡せなかったクリスマスプレゼント。三か月分のバイト代をつぎ込んで購入したブランドのマフラーだ。
 チョイスが悪かったと今頃になって後悔しても遅いだろう、と言うか無駄だろう。
 彼女の話では、俺の事を見限ったのは一月前だ。
 ああ、そういえば。あの頃から、メールの返事が素っ気無かったような気がする。
 デート二回もすっぽかされたな。誕生日に何の連絡も無かった。
 
 気付けよ俺。

 一人で浮かれ、今日この夜を心待ちにしていた俺よ。
 お前はいったい何をやっているんだ?
 恥ずかしいったら無いぜ。昨日の夜から今日にかけて一体何通りのデートコースを画策したと思っているんだ?
 いやいやいや。彼女はすでに分かれる気満々だったんだぞ?
 それをお前は知らずに、馬鹿みたいにはしゃいでんじゃねえよ。
 
 ―――みたいに自問しながらショックに打ちひしがれているとする。

 もし、今ここに手頃な長さのロープと丈夫な枝があったら、迷わずそれを使ってこの世にオサラバするね。
 ああ、笑いが出るぜ。
 はぁ……涙が出るぜ。
 
 頭が冷たい。
 積もってる。積もってるって、雪がよ。
 いい加減立ち直ろうぜ俺。
 長い人生、こういう時もあるさ。
 諦めろ諦めろ。
 最初から彼女の心の中に俺はいなかったんだ。
 
 ああ、でもどうしてだろう。
 左胸がズキズキと痛むんだよ。
 頭の中はホワイトアウトさ。

 ぼんやり見上げる夜空。
 あれ?クリスマスイヴの夜空ってこんなに汚かったっけ?
 つーか、もうそろそろイヴじゃなくなるなぁ。
 サヨウナラ俺の青春。
 そして、コンイチハ一人のクリスマス。
 
 「…あの……」

 帰るかなぁ。
 ああ、終電終ってら。
 
 「あの、スイマセン………」
 
 友達ん家でも行くかなぁ。
 あ、でも奴らは彼女連れか?
 田中は一人だったかな?そういや、一昨日告ったんだっけ。
 返事はどうだったんだろ。
 そりゃあ、成功してて欲しいけど、今は失敗していて欲しいかも。複雑だ。
 
 「スイマセン!」

 「は?」
 
 何だ。声が聞こえるぞ。
 
 「聞いてください、お願いします。」
 
 なんだか今にも泣きそうな声だな。
 
 「後ろです。後ろ。」
 
 後ろだって?俺の後ろに誰かいるって言うのか?
 まさか彼女が俺の事を忘れられずに帰ってきてくれたとか。

 「そんな訳無いじゃないですか。」

 心の声に突っ込まないで欲しいものだ。

 「声に出てます。」

 「え、そう?」
 
 「はい。バッチリ。」

 俺は振り返ってみる。まあ、振り返るだけなら損は無いしな。
 そこに居たのが化け猫でも、雪女でも、今なら祟り殺されてもいいかも。

 「そんなことしやしません。」
 「……………」
 
 驚いたよ。何せそこにいたのは彼女(モトカノ)でもなければ、化け猫でも雪女ですらもなかった。
 いたいけな少女だ。
 年は俺より一つ二つ若いぐらいだろうか。長い黒髪に澄んだ瞳。茶色のコートに赤いマフラー。
 低い身長で俺の事を見上げている少女は、俺のほんの30センチ後方に居た。
 微かに紅潮した頬は寒さのせいだろう。
 いや、そんなことはさておき、
 可愛い。

 「……………」
 あ、目が合った。
 「……………」

 うわぁ、沈黙だよ。

 「何か御用?」
 
 すると、少女の瞳がみるみる潤んでいくのが分かった。

 オイ待て!泣くのか!?泣いちゃうのか!?

 「あの!」
 「はい!」
 
 何この受け答え。
 
 「暇ですか!」
 「は?」

 いやいや。訳分からんから。いきなり何?「暇ですか?」ああ、暇だともさっき振られたばかりだからな。

 「まぁ……」

 って何答えてんだよ俺!

 「あの………スイマセン……私……」

 あ〜あ、完全に泣いてるよ。
 何で泣くかな。せっかくのクリスマスイヴだぜ?
 君みたいな可愛い子が涙を流す理由なんてないだろう。
 なんて口裂けても言えないけど。

 「何で泣くかな。せっかくのクリスマスイヴだぜ?
 君みたいな可愛い子が涙を流す理由なんてないだろう。」

 って口裂けたあああぁぁぁ!!!

 「あ」

 余計泣かした。俺ってダメだな。
 
 「スイマセン。私……私……」

 なんだろ。さっきからおかしいぞ、俺。
 動悸が激しいし、顔が熱いって。
 風邪引いたか?
 っは!何言ってんだよ俺。そんな言い訳は苦しいぜ?
 気付いてるだろ。
 気付いちまったんだろ。
 こんな感覚は初めてだろ?
 そうだよ。世間一般で言うところの

 一目惚れってやつだよ、馬鹿野郎。

 お前も軽い男だな、俺よ。
 さっきまで別れのショックで鬱状態が、次の瞬間には赤い実弾けたか?
 ビックリだよ。ああ、ビックリさ。
 でも、しょうがないだろ。こればっかりは。
 
 言うのか?言っちまうのか?
 目の前の少女に向って、想いの丈をプレゼントか?
 まあ、まともとは思われねえよ。いきなりだもの。
 でも、何だか分からないけど。
 今なら何でも出来る気がする。
 そりゃそうだ。
 今は俺を縛るもんは何も無い。
 いろんな意味でフリーダムなのさ。
 失うプライドなんて最初っから持ち合わせてねえよ。
 さあ、言ってしまえ。
 この清き聖夜の空に願いを込めて。
 ああ、サンタ・クロースのおっちゃんよ。
 今日ぐらいは、俺にも華を持たせてくれ。

 「「好きです」」

 ってかぶったあああぁぁぁ!!!

 「「え?」」

 またかよ!二人で仲良くデュエットかよ!

 「……………」
 「……………」

 沈黙。
 うぅぅ。俺の顔がみるみる熱くなっていくのが分かる。
 でも、それは目の前の少女も同じようだ。
 頬は真っ赤に上気し、視線をはずして、手袋もつけていない両手で顔を押さえた。
 ああ、ダメだ。もう、目の前の少女の背景に花が見える。トーン貼りしたみたいな輝き付きの視覚効果だよ。
 
 「私……私……」
 ああ、混乱してる。自分が言った言葉と同じ言葉を俺が言った事に驚天動地って感じだな。
 それはつまり、自分と同じ気持ちを俺も持っているてことで、それはつまり……つまりだな……… 
 
 「あの……いきなりごめんなさい。私……あなたを一目見たときに……ごめんなさい……なんと言ったらいいか……」

 口ごもってる。
 ああ、目の前がクラクラするぜ。
 ちくしょー、可愛いなオイ。
 
 「実は俺も、君に一目惚れしたみたい。」

 何言ってんだよ俺。すさまじいカミングアウトだな。

 ああ、ビックリしてるビックリしてる。
 ただでさえ大きい瞳を更に大きく見開いてるよ。
 
 「……………」
 「……………」

 また沈黙したよ。

 カーン カーン カーン………

 鐘の音だ。
 とうとうクリスマスになっちまったらしい。
 
 「メリクリ」

 そう、俺は呟いた。

 「あ、あの……メリークリスマス………」

 と、少女も戸惑いながらもそう言ってくれた。正直救われる。

 「あの、今暇?」
 と、俺は言ってやった。
 さっき言われただろ同じセリフ。

 「え、あ、はい。暇です。」
 「そう。あの………」

 おいおいおい。自分から話し振っておいて何だそれ?
 いいか、俺。お前はフリーダムなんだぜ?
 つーか、ここで言わなきゃ男じゃねえだろ。

 「だったら、俺と付き合ってくれません?今日。」

 言っちゃったよ。

 少女の顔を直視する。
 まだ、瞳は潤んでる。
 でも、泣いてるわけじゃない。
 きっと雪だよ。
 今頬を伝って落ちようとしてる一筋の雫は。
 
 「はい。喜んで。」

 笑ってくれた。
 俺も笑った。

 そして、俺は右手に握っていたマフラーの包みに気付いた。
 どうもぎゅっと握っていたらしく包装紙はくしゃくしゃだ。

 「あの、良かったらどうぞ。」
 渡した。
 「……はい。ありがとうございます。」
 受け取ってくれた。

 そして、俺らは歩き出した。
 何処に行こうか。
 昨日考えたデートコースなんて全部忘れちまったよ。ホント使えねえな、俺の脳は。

 今だ名前も知らないこの少女が、いつ、どうして俺に惚れたとか。
 何で声をかけたとか。
 そんなことはどうだっていいんだ。
 彼女の瞳は言ってたぜ?「嘘なんて微塵も無い」って。
 
 俺って馬鹿かな?
 ああ、多分そうだろう。
 俺はとんでもない大馬鹿者さ。
 また、つまんない女に引っ掛けられたのかもしれない。
 でもいいのさ。

 恋なんてモンは惚れちまった方の負けなのさ。

 そうさ俺は敗北者さ。
 でも、そんなモンはどうだっていいんだよ。
 昔の詩人だかなんだか分かんない奴が言ってたろ。
 『恋は盲目』ってさ。
 
 いいのさ。今は、
 いつの間にか繋がれていた二人の手。
 それがとても暖かくて。
 心に染みたのさ。


 今は、それだけでいいのさ。



 fin.

Back