細雪 青雲
季節は、夏。蝉の合唱が絶えず木霊し、太陽はぎらぎらと大地を照らす。
緑は、生い茂り。虫たちも活気に満ち溢れている。
「あつぅ〜まじ、あつぅ」
蝉の合唱は、俺の鼓膜を破壊し、太陽は俺を燃やす。
緑は、俺に絡みつき、虫は、俺に寄生する。
って、んなことあるかぁー!
高校一年、帰宅部、彼女暦ナッシング(随時募集中)、秋の好きな男子。
それは、この俺「安芸衣 俊介」(あきごろも しゅんすけ)だ。
ただいま、俺は夏休みまで残りわずかの学校になんとか気力で登校中。
朝だってのに、これじゃ昼になったら死ぬこと間違いなしだぞ。
そんなとき、ふと下を向くと今にも黒い線を踏む瞬間だった。
ずばっと、後ろに飛ぶ。
「あぶねぇ、気味の悪いのを踏んじまうところだったぜ」
て、蟻か。
そこには、蟻の大行列が道を両断していた。
いたずらげに、大群内に足を出してみる。
すると、蟻は困っていたと思ったら、俺の靴に上ってくるではないか!
再び、後ろに飛びさる。
「危うい危うい、この道かなりの難所だな」
しかし、こいつらどこに向かってるんだ?
左から右に向かっている。
いや、そうじゃなくて。
見ると、獣道のようなものが草の生い茂った中にあった。
ほほう、これは興味深い。この山の向かい側に学校の中庭があったはず、ということはもしかすると近道になるかもしれないな。
俺の冒険心がくすぐられるってもんだ。行くしかねぇ!!
俺は、蟻とともに獣道に足を踏み入れてた。
次には、暑さを忘れていた。いんや、やけに心地よい涼しさだな。
蟻の大群は、未だに続いている。どこまで続いてるのだろうか。
なんだか、道しるべみたいだな。もし迷ってもこいつを辿れば元の場所に戻れるぞ。
次第に道が開けてくる。というか、獣道が整えられた砂利道になった。
うーん、誰かの敷地だったのか? 不法侵入になってしまうぞ。
この道の感じからして、寺か神社あたりに出そうだな。
だいたい、その予測は当たっていた。
広々とした、平地に出ると、そこには古風の茶屋が一つ立っていた。
京都の修学旅行を思い出させるような、けれどもどこか遺風な感じだ。
と、蟻の大群も途絶えていた。
せっせと赤い実にたかり、交代にちぎっては元の道に戻っていく。
ん? こんな実、夏にあったかな?
「ありませんよ」
さっと何者かが答える。てか、俺は声に出していないんだけど……。
声のした方を見ると、女性が一人立っていた。
鮮やかな紫色の着物に包まれ、そして、いかにも江戸時代風な女性だ。言葉で表せば、大和撫子。
「いらっしゃいませ、ここは宇受賣屋です」
ウヅメヤ? 茶屋の名前らしいな。ってやべ! 金ないし! こういうとこって高いんだ!
俺の庶民的思考は、周りの風景の異よりもお金の心配をし出した。
「いえいえ、御代はいりませんよ。ここにあなたが来ることで季節は、秋になりました。秋がお好きなのですね」
確かに秋は好きだが……秋になったって……。
しかし、周りを見渡すと葉は、赤く染まり、いわゆる紅葉している。
「ときたま、ここを尋ねる人がいます。あなたもその一人ですね。そして、ここには季節がありません。けれども、ここを尋ねる人の心に染まるのです」
うむ、納得することにしよう。
俺は半信半疑のまま、女性の後について茶屋の方へ向かった。
真っ赤な布で包まれた椅子に座る。
京都でも見たけど、茶屋にあるこの椅子って名前あんかな?
季節に関係なく、この真っ赤なのは、なんていうか風情があるよな。
次に来るのは……まさに、団子。
「はい、どうぞ」
ジャストフィト!!
「あ、ありがとうございます」
団子を手に取ると正面のこれまた異なる物が目に入る。
藤の紫の花が咲いている。まさに隣の女性の着物ようにいやそれ以上に鮮やかな色合いで。
秋なんだよなぁ……。
「年中花を咲かせ続ける不思議な藤の木。名前を藤又といいます」
京都でも見たな。確か宇治平等院の藤棚だ。
そこに大きく広がった藤又という藤は、京都で見たものとは少しちがっていた。
年中咲くから、そういうちがいじゃなくて、藤であって藤でないもの。
見ていて、飽きないな。癒される。
「おわっ! 俺、登校中じゃん!」
突然、現実に戻る俺。
「ここは、時間も流れていませんよ」
女性は、俺の腕を指差す。
腕時計は、針を止めていた。
って! ただ壊れてるだけでしょ!!
俺は、いそいそと元の道に戻ろうとした。
「こっちの道のが近いですよ」
女性が差す方角には、道があった。
さっきまで、なかった気もするが、まぁいいだろう。
「ありがとっ! 今度来るときは、ちゃんと御代持ってくるから!」
俺は、走り出した。女性は、微笑み手を控えめに振っている。
いつから時計が止まったかはわからないが、かなりギリにちがいない。急がねば!
道に入って、数秒もしないうちに学校の中庭に飛び出た。
後ろを振り返れば、まだあの茶屋が見えると思ったが、そこには道は存在していなかった。
そして、時計は止まっていたかと思うと動き出した。
およ? むむ? なんだったんだ?
夢? 歩きながら夢なんか見ないよな。
けれど、口の中にはほのかにお団子の甘い味が残っていた。
こいつは、すげぇや……おそらく、奇跡的にあの異空間に俺は迷い込めたのだろう。
なんというか、めちゃくちゃ得した気分だ。
奇跡にあった人間となれたわけだ。もう、二度と行くことはできないんだろうな。
そう思うと、もっと堪能しておくべきだったと思った。
あんな藤木、一生見れないぞ…………。
次の思考は、あそこにもう一度行ける希望の気持ちだった。
それは、「持ち物全部置き忘れてきた」。
あの中には、あらゆる大事な物が……。
こいつは、嫌でももう一度行かねばならないな。
心底、俺とあの空間を繋ぐ架け橋ができたことにうれしく思った。
絶対、もう一度行ってやるぞ! えぇっと……ウズメヤ!!
今度は、ゆっくり藤木を堪能しようではないか……ついでにあの女性に名前を尋ねてみよう。
俺は、うきうきと学校の昇降口にまわっていった。
−End−