細雪青雲
プロローグ―鬼神―
夜の異物を処理する。
それは、異端で現在で未来で過去で。
異物処理の力を持った者は、見分けがつかない。
ゆえに、誰が処理者に適しているか不明。
ふと、力に目覚めたものは、悪と成り得る。
そうなる前に、力の制御に気づけば、処理者。
つまり、鬼神の類になれる。
その時、人は人を捨て、神へと干渉する。
ただ、気づかねばただの化け物となり、夜の街を彷徨うだけだ。
自分が鬼神であることを誰にも知られてはいけない。
それは、この現実に干渉すること、混乱を誘う。
さらには、昼において無力な鬼神は、化け物に食われるだけだ。
化け物、異物は、昼においても蠢き、常に鬼神を食らおうとしている。
彼らの本能は、食すことだけではない、中には操る者、むさぼる者、取り付く者。
趣味に富む彼らは、鬼神を天敵にしながら、鬼神の天敵である。
私は、高校に入ったときにこの鬼神となった。まぁ、そんなわけで……夜があまり、眠れないので、学校では寝てばかりです。はい、今も寝てて友人に起こされたばかり。
「菖蒲〜また寝てる……もう、授業終わったよ、寝過ぎ」
私、美村 菖蒲(みむら あやめ)を起こしてくれるのは、親友の朝倉 奈菜(あさくら なな)であった。
「ふあぁ……眠いものは眠いんだもん」
だって、昨夜だって……はぁ。
「このごろ、一段と眠りについてるけど……何? 夜のお仕事?」
にやにやと、ありもしないことを言い出す。
「はぁ!? ちがう、ちがう」
「その否定具合が怪しいなぁ」
「んなこと、してないぃぃ!」
「んなんこととは?」
「ギャー!」
完全に手玉に取られている私……だめじゃん。いつものことだけど、奈菜には知能じゃ勝てないね。力でなら……とと、それは禁句だ。
力を誇ってはならない、過剰は奈落の底を見る。それに、私は鬼神を選んだのだから……この力は、みんなのために使っているんだ。
放課後をぬくぬくと、過ごすとすぐに帰宅した。私は、諸事情部活には所属していない。
「ただいま〜」
「おかえり♪」
玄関を開け、ただいまと言った瞬間に答えてくれる私の母。私が鬼神であることは知らない。てか、誰も知っちゃいけない。私の高校での成績は下降気味でよく呼び出されるのだが、よくできてるもんで、鬼神の関係者……お偉いさんかな? そっちのが適当に記憶とかを改ざんしているらしくて、両親にも妹にも誰も私が夜に外に出ようが、学校で熟睡していようが、疑いをかけない。私が鬼神になったのは、かなり最近のこと。高校入学とともに、私の運命は変わった。
夜にふと目を覚ました私は、窓の外を見た。そこには、光の交互が反射し、人の形をした物と大きな物が何度も交差していた。鬼神と異物であったと、今となれば理解できる。人の形の影が、大きな物に取り込まれたとき、私の中の何かが弾け、光を発すと同時に大きな影を消滅させていた。窓は突き破れ、何がどうなったか、まったく理解できないうちに、目の前に人が現れた。まぁ、鬼神だったんだけど、突然選択を問いてきて。思わず、なりますだなんて答えてしまったので、今この状況にあるわけ。まぁ、いいんだ。すごぉ〜くお金ももらえるし、一番は影で人々を守る。それなりの代償はあるけどね、命かけてるし、疲れるし、学校との両立がこのごろきつくなってきた。少し、寝ようかな。まだ、時間あるし……。そうそう、仕事みたいなもんだから上司なんかもいるんだ。まぁ、実力主義だから、成果さえあればどこまでも上がれる。ちなみに、私の力は普通とちがうらしいから、かなり上ランクにいる。ふふ、自慢自慢。zzz。
「おい、おい〜起きろっ!!」
「ふあぁ……早い、早すぎる」
寝るや否や、起こされてしまった。
「て、また、窓割って入ってる!!」
「そう、起こるな! どうせ、直せるだろうが!」
私と言い合っているのは、クルス。
「ふん、新米。異端だからって調子に乗るんじゃないよ」
あっちで、文句を言ってるのは、斉藤 美貴(さいとう みき)、はっきり言って嫌い。自分の能力が私以下だからって、やたら皮肉を言ってくる。うざうざ。
窓の外に浮いているのは、リーダーの格間 稔(かくま じん)。いかにも隊長ぽくて、かっこいい。腕前も言うまでもなくすごい。さて、言い忘れていたけど、私たちはたいてい四人一組のチームで動いている。それというのも、たいていは異物の方が強いからだ。
外に出れば、すぐに遭遇するだろう。どこから溢れてきてるんだかぁ……元を潰したいのはやまやまなのだけど、私たちの仕事でないし、とてもじゃないけど無理だ。けど、いつかは隊長レベルになって、守護隊から討伐隊の方にいきたいな。これはこれで、知っている街を守れるからいいのだけどね。
「全員、揃ったな、行くぞ」
「うしゃぁ、稼ぐとしますかね」
クルスは、家族が異物に皆殺しにされ、今は神の世界の方に住んでいる。実際、あちらに住んでいる鬼神のが多いのだけど。私は、今までの生活を捨てたくないのでこうしている。私が銃を具現化すると、みなも剣やナイフを具現化する。それぞれが持つ鬼神の武器は一つのみ、私の銃は……銃自体珍しいのだが、二つである。そこが、異端である。
数分もしないうちに、異物と遭遇、戦闘を開始した。私たちのチームはあまりチームプレイがうまくない、まぁ仲悪いしね。適当に攻撃を企てて、後ろに下がり、次の者が攻撃を繰り出す。今日の一匹目は、角間隊長の一撃で沈んだ。豪快な一振りは、見るものを魅了するほど威力を放つものだが……。
「隊長〜、また周りのもの壊しまくりですよ〜」
後始末が面倒だ。ま、いつものこと。
異変が起きたのは、その隙を見せた時だった。
「うぐっ……な、なに?」
突如、体が重くなったように感じだ。周りの空間がぶれている。
「な、なんだぁ!?」
みなが焦る中、隊長だけが余裕を見せていた。けれど、それは内面だけであったのだ。
「気をつけろ……鬼級がどこかにいるぞ」
「なんだって、そんなのがここに来るんだよ!」
クルスが、身構える。
「稼ぐんじゃなかったか?」
「隊長、いくらなんでも無理ですよ、確かに億万長者になれますけどね……」
「気配を消せ、見つかったら厄介だ」
私たちの力では、どうしようもないらしい……鬼級、どんな化け物……。
「斉藤!! 何をしているんだ!」
隊長が叫んだ先で美貴が、通信システムを使用していた。
「え!? 本部に救援を……」
「鬼級は、知能を持つ! 感知されるのは、容易なんだ!」
こういうときは、隠れやり過ごすのがいいのか……と、冷静に判断しようとした時、また重圧が強まった、そして、鋭い冷たい声が聞こえた。
「斉藤! 後ろだっ!!」
「は!」
「遅い遅い〜、というか隊長さん? あんたの声のほうが教えてくれちゃってたかなぁ」
にこにこと、金髪の男が美貴を捕まえ笑っていた。
「なんですか……? あいつ」
「あれが、鬼級だ……」
鬼級!? それは、どうみても鬼神、人間と同じようにしか見えなかった。
「俺、あれならいけそうですよ……もっとばかでかいもんかと思ってましたから」
「クルス、あまり過剰するな……大きければ強いわけではない……」
隊長が額から汗を流す。新米の私は、指示されなければ何をしていいのかわからない。
「斉藤が人質に取られていては、戦いづらい……おそらく救援は届いただろう。それまでやり過ごすぞ。クルス、お前はやつの腕を斬り落とせ……真っ向は私に任せろ。菖蒲は、援護を頼む」
行動に出ようとすると、突然、鬼級が笑い出した。
「あのさぁ? 俺がこれを盾にするとでも思ってるの? アハハハ、君たちなんてね、動かないエサと同じなんだよ〜」
こいつ、何を言ってるの……それなら、4対1……勝てる。
「運動の前の食事でももらおうかな……」
「グシャリ」
「うあぁあ! 嫌……ぁぁ」
音さもなく、美貴の首筋に噛み付いた……形は吸血鬼。私の足は一歩もそこから動けなかった。
「ふむ、やはり、若い女の魂はうまいものだ」
がくりとなった美貴には、牙の痕の代わりに蟲のようなものが首筋に蠢いていた。それは、見る間にぐしゃりぐしゃりと音を立てて、美貴を食らっていった。
「うっ……」
思わず私は、口を手で押さえた。どすぐろい緑色のそれを見てはいれない。耳も塞ぎたいくらいにそいつは、残酷な音を奏でていた。次に美貴を見たときは、もうそこに何もなかった……何の跡もない、それがさらに残酷に思えた……。
「貴様……なぜ、このような所に……」
「我が名は、ミキリル。なぜだと? そんなの食べる以外にあるのかな? さて、君たちも食らってあげよう……。ん? そこの女、少し変わっているなぁ、楽しみだ、ひひひ」
「ひっ!」
流し見るような目に、恐れを感じる。狂ってる、狂ってるんだ。食われる、殺される。私の頭のワードは、死をリピートし続ける。
「クルス、菖蒲……自分だけを守れ、誰も助けるな……どうにか救援まで退ききれ!」
びゅんっと、風を切って、クルスと格間隊長が飛んだ。私の足は、あいつの目に縛られたように動かない。
「君は、デザート。そこで、待っていろよ」
重圧のかかった言葉を残し、ミキリルも飛んでいった。
「ふはっ……はぁ、はぁ」
その場に、がくりと膝をつき、腕で自分を抱きしめる。自分が保てない……。
戦うなんて考えられない、あきらかに次元がちがう。具現化した銃は、乏しい光を放っている。ここまで、力も抑え潰されてしまっている。動かなくちゃ、動かないと、あいつが戻ってくる……。
震える、足を立ち上げようとしたところに、手が差し伸べられた。何も思わず、その手を掴むと……頭の中が真っ白になった。
「ちゃんと、マッテイタンダネ」
何? なんで? 早すぎる、いくらなんでも早すぎる! どうしたら、どうしたら!
掴んだ手には、温もりの一つもなかった……私の手は凍るように冷たくなっていく。
「助けて……誰か助けてぇぇえええ!!!」
助けを求める声だけが叫びあがった……考えてみれば、誰も助けには来ないというのに。
「どすっ!」
鈍い音が響いた。私、殺されちゃったのかな……?
けれど、なぜか目の前のミキリルが私の好きな……彼に見える……。
〜続〜