盲目の天使 編 +第一章
ただひたすらに流れに逆らい続ける鯉と ただ無気力に流れに身を任せ続ける藻草 一体どっちが利口な生き方なのか? 嗚呼 そうか答えは簡単 ただ単純に川縁を歩けばいいのか 井伊島 春樹「あの男不審」 「ん〜、やっぱり日曜日の午後は紅茶に限るねぇ。」 この商店街で、カップルに人気のスポットの一つ、「喫茶Calm Rippl」の一番奥のボックス席。その席に向かい合わせで座るのは奇妙なカップルだ。 奇妙といっても、二人が二人がおかしな格好をしていると言うわけではない。確かに、男の方はまだ残暑残るこの季節に黒いロングコートなどを羽織っているが、女性の服装は至って正常。 男は、ニコニコ楽しそうに、テーブルの上の白いカップに注がれたダージリンを持ち上げ、唇につける。 「やっぱり紅茶はダージリンだね。特にここのは最高だよ。」 自分に酔狂したように奇弁を振るう男。 しかし、向かいに座る女性はなんとも不機嫌そうな表情だ。 眼前に並べられたこの店ナンバーワンの人気商品、開店三時間以内には確実にその姿を消していると言う伝説……とまでは行かないが、都市伝説の一端に触れるくらいは有名なシフォンケーキセットには全く手が付けられていない。 湯気立ち上るカップに女性の顔が映る。 「………………」 終始無言な彼女。 それでも男は、自ら注文したダージリンを味わう事をやめようとしない。 「やっぱり、紅茶葉の本場であるヨーロッパはイギリスから直接輸入しているだけはあるねぇ。こっちに来たら一度は味わってみようと思っていたところだよ。」 また一口、口に含む。 そして間を置いて、静かにこう漏らす。「嗚呼……」と。 この奇妙かつ現実離れしていて、なおかつ静かで暴力的な物語を語るには、諸君らはこの二人の人物について知る必要があるだろう。 「さっきから何を不機嫌そうな顔をしているんだい?もっと笑ってごらん。君は笑顔の方が素敵だよ。あっは!」 この気持ち悪い発言が多いこの男。色々な呼ばれ方をするが、今回、この男は向かいの女性に自分の事を『柊』と称していたのでそれに合わせることにする。 この男、柊は、一言で言えば『変人』だ。 髪は金髪に近い茶髪。それを被る肌は抜けるように白く、顔は美形にして美麗。瞳の色は茶色でありまつげが長い。そしてそれに全く似つかわしくない黒いYシャツ、黒いコートに黒いズボン、そしてそれらが実にそぐわない長身。傍目から見れば不審人物まっしぐらだ。 さて、ここでもう一人の人物について触れておこう。先ほどから柊の眼前でじっと黙っている女性に焦点を当てよう。彼女の名前は「谷口 陽子」どこにでもいそうな女子高生。 趣味、なし。特技、なし。格言、モットー、一切なし。と普通を通り越してもはや卑小な存在となっている彼女である。 強いて、その特徴を挙げるとすると、正義感の強さが挙げられるだろう。 悪には決してめげないであろうその性格は、生徒会役員という学校の立場に反映されている。心無い学生の「生徒会も使えねえなぁ」という発言に対して、マジ切れしたのは彼女である。というのも、迫る生徒総会に向けてせわしなく準備してきた時分に理不尽に言われたことであるが故に、彼女も頭に血が上ってしまったのである。 とまあ、この辺で人物紹介はやめておこう。 「何で食べないんだい?いらないんなら僕が貰うよ?」 と、柊が陽子のケーキに手を伸ばした時である。 「ダメです。」 と、陽子が小さく言った。 柊が手を止めると、陽子はやっと銀のフォークを手に取りケーキをつつきだした。 柊は満足そうに微笑むと再びカップを口に近づける。 このギクシャクとした二人だが、今日が初対面である。さらに言えば、ほんの一時間前に出合ったばっかりである。 というものの、警戒心の強い陽子がこんな、街中で出会った得体の知れない男とお茶をしばくはずもない。 これには深くて浅い事情というものがあった。 それを説明するために、時間を少しさかのぼることにしよう。 |