盲目の天使 編 +第十章


  柊は微笑む。
 その傍らには、巨大な刃物。
 いや、もはやそれを刃物と表現するには大きすぎる。
 それは凶器。
 自分の身長ぐらいの鉄の棒の先に、スキー板を二枚あわせたような長さと幅を持つ刃。
 その全容は巨鎌。
 まさに死神のそれに相違なく、鈍く光るその切先は、確かにトラックを横凪に吹き飛ばした代物だ。
 それにそぐわない黒服を身につけた天使は、金髪に近い茶髪を帯びる長身の男で、肌は抜けるように白かった。
 そして、その男の背には、巨大な翼。
 一点の曇りも、くすみもない漆黒。
 清らかさの塊のような黒は、美しくもあった。
 
 「満足か。」
 いつの間にか背後に立つ別の男。
 同じく翼を生やしているが、色はグレー。そして服装も、スーツを一点の皺もなく着こなし、ふちなしメガネをかけた、インテリっぽい男。
 その鋭く、刺々しい眼光が柊に向けられる。
 「なんだ、来てたのかい仁?。」
 柊は言った。
 「心配でな。」
 「あっは。嬉しいね。いつも僕の事をゴミ扱いする君が、僕の事を心配してくれるなんて。」
 「貴様の心配などではない。貴様がちゃんと仕事をこなすかどうか心配だったんだ。」
 「あっは。ちゃんとこなしたさ。」
 「黙れ下種。ならば、なぜ彼女が生きている。」
 「と言うと?」
 「ふざけるな。彼女、谷口陽子は、本日四時三分。交通事故で死ぬはずだった。」
 「ああ、そのはずだった。」
 「お前の仕事は……」
 「彼女の精神性魂魄の剥離。」
 「その通りだ。」
 「で?」
 「どうやらお前はもう一度死にたいらしいな。」
 「あっは。冗談だよ。」
 「冗談じゃない。お前は死ぬはずだった人間を生かしたんだぞ。これで何度目だ。神慮を無視するのも大概にしろ。」
 「そんなに怒んないでよ。仁。僕は別に仕事を無視したわけじゃないんだから。」
 「何?」
 「僕は仕事をしなかったんじゃない。・・・・・できなかったんだ。何せ彼女は、・・・・偶然にも死ななかったんだからね。」
 「…………貴様と言う奴は……」
 「君だって、人がそんなほいほい死ぬのはいやだろ?」
 「もちろんだ。だが……」
 「『神慮』が、かい?」
 「その通りだ。お前だって分かっているはずだ。こんな事は無意味だと。気持ちは分からんでもないが、お前はお前の仕事をすればそれでいいんだ。それ以上は望まないし、それ未満は許さない。」
 「無意味かどうかは分からないよ。―――そう、あの強靱な意志。将来、彼女ら℃が、どんな花を咲かせるか。僕はそれが楽しみでならないんだよ。」
 「ふん………」
 それ以上何も言わない仁と呼ばれた男。
 

 柊は微笑む。
 
 ―――この世界には、如何ともしがたい運命というものがあるらしい。

 黒い男は微笑む。

 ―――そんな運命を、全否定する男がいるらしい。

 その男は微笑む。

 ―――その男は、

 「君の運命が、完全なる崩壊を迎えん事を―――」

 ―――黒い天使≠轤オい。








Because we are us about it Because then, you are you
               それは、僕らが僕らであるために。そして、君が君であるために。

Fin.



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