盲目の天使 編 +第九章
| 陽子は店を出た。 何か台風に巻き込まれたような感覚だ。 とんでもない災害が、理不尽に陽子を巻き込み、移り気に去っていった。そんな感じだ。 ただ、店の外には、いつものような日常が展開されている。 自分達など知らない不特定多数の赤の他人が、それぞれの人生の一ピースを組み立てていく。 ひどく清々しい。 まるで、胸にぽっかり穴が開いてしまったような清々しさ。 言葉は変だが、感覚は的を得ている。 何かを失いながらも、それ以上に経験したかのような。 ムカつく胸に、風穴が開き、そこを清々しい風が吹きぬけていくような。 とりあえずはそういうことだ。 と、思った矢先だ。 「ケンちゃーーーーーーん!!!」 女の人の叫び。 辺りがざわめく。 見ると、先ほどの少年が猫を追って車道に走り出していた。 が、その先、少年の横、三〇メートルには大型トラックの姿。 けたたましい警笛。 タイヤとコンクリートの激しい摩擦音。 そして、悲鳴。 だけど何でだろうか? そんな事は分からない。 だが、そんな事を考えていた頃には、 陽子の身体は、その右足を車道に踏み出し、少年のもとに走っていた。 嗚呼、何でなのだろうか。 少年の下に駆け寄り、その身体を抱きしめた時、不意に、ある言葉が頭をよぎる。 それは、先ほどまで目の前にいた男の言葉。 『君は運命を信じるかな?』 男は微笑む。 そして言った。 『君の運命は、僕が否定してあげよう。』 と、聞こえた。 何処から。 そんな事は知らない。 気付いた時には全てが終わっていた。 自分は、震えながら少年を抱きかかえ、道路にうずくまっていたし。 突っ込んできたトラックは、何か巨大な衝撃で横凪に吹っ飛ばされた≠ンたいに、歩道を超え、洋服店のショウウインドウを突き破っていた。 その荷台には、何か巨大な爪跡≠轤オき物が残っていた。 一筋のその傷は、二台を真っ二つに切り裂き、アルミの枠は禍々しく変形していた。 泣きながら女性が駆け寄る。 少年の母親だ。 私は少年を彼女に渡すと、何度も何度もお礼を言われた。 周りの傍観者達はざわつきながら私と、大破したトラックに群がる。 何かを言っている。 しきりに人々が私に話しかけてくる。 でも、私に耳には何も届いてはいなかった。 私はただ空を見上げていた。 何もない空を、 一心不乱に、 仰いでいた。 不意に、空から何かが舞い落ちてくる。 それは羽根。 一枚の羽根。 それはカラスの様に真っ黒で、それでいて白鳥のように美しかった。 その一枚の羽根を、 私は一心不乱に見つめ続けて、 声を聞いた。 『君の運命が、完全なる崩壊を迎えん事を―――』 それは祈り。 黒い天使の、 運命に対する、 ささやかな反抗。 |