盲目の天使 編 +第八章
「…………」 その光景を黙って見つめる陽子。 「あっは。」 その陽子の顔を笑いながら見る柊。 陽子は黙っている。 柊は紅茶に口をつける。 陽子は黙って柊を見る。 柊は黙って陽子と視線を交わす。 「世界には、どうしようもない運命と言う物が存在している。それは何者にも抗いがたく、何者にも感じる事はできない。」 陽子は黙ってヒイラギの話に耳を傾ける。 「古代中国人はそれを『天数』と呼び、ユダヤ人は『予言』と表し、我々は『神慮』と呼ぶ。」 すっかり冷めた紅茶は、静かに、その水面に柊の瞳を反射させる。 「あなたは……何者ですか。」 陽子から口を開く。 その質問に快く、柊が答えた。 「僕の名は柊。あまつ天津けんこん乾坤おんし御使、いわゆる天使≠ニいう代物だ。」 「…天使………」 にわかには信じられない話ではあるが、あれを見せられた後ではどうにも言葉が出ない。 「今日は君に伝えたいことがあって来た。」 「何ですかそれは。」 「君の知り得ない事だ。」 「言ってる事が矛盾してます。」 「そうかな?」 「じゃあ聞きますけど、あなたは『運命』を信じているんですか?」 イライラする陽子。 「もちろん―――」 間。 「信じちゃいないさ。」 「やっぱり矛盾してるじゃないですか!」 ここが喫茶店である事を忘れ、つい大声になってしまった。陽子は、とっさに口をつむぐ。 柊は、今までにないくらい真剣な顔をする。 そして、飲みかけの紅茶に手を伸ばし、最後の液を喉に流し込む。 「最後に聞く。君は運命を信じるかな。」 静かに。 そして鋭く。 そして残酷に。 柊の視線が、陽子を抉る。 しばらくの沈黙。 陽子は目を閉じたり、開けたりを繰り返し、言う。 「絶対に、信じません。誰がなんと言おうと、何が起ころうと、絶対に―――信じません。」 陽子は、柊を睨む。 柊の瞳を真っ直ぐに見つめる。 今になって気付く、その瞳の美しさ、清らかさ、そして 虚しさ。 柊は笑う。 今までにないくらい、屈託のない、笑顔を浮かべる。 「あっは。思ったとおりだよ!君は素晴らしい!」 陽子はポカンと口を開ける。 「君は僕と同じだ。信じ難い真実を目の前にして、自ら盲目になる事を選んだ哀れな子羊。―――いや、実に素晴らしい!嗚呼!何て今日はいい日なんだろう!君のような種に出会えるなんて感無量だよ!」 そういって、柊は陽子の手を取り、強く握り締める。 「そうとなれば話は終わりだ。これからもがんばって生きて行きたまえ!あっは!」 その勢いで席を立った柊は、町で出会ったときのように、疾風の如く店を後にしていった。 呆然とする陽子ではあるが、はっと気付いた事は、あいつは、金を払ったのか?と言う事だった。 |