遺愛の国のアリス 編 +第十一章

 それは突然の夢からの目覚め。
そう表現するのが適切だろう。
ただそれは、モーニングコールにしては少々激しすぎた。

狂うチャールズとワトソン。その周りの様子が変わる。
少しずつ、周りの空気が陽炎のように歪み始める。
それは波紋のように広がり、やがて視界全てが歪む。
瞬間。チャールズとワトソンを中心として竜巻が起こる。
しかもただの竜巻ではない。その竜巻は、この世界のあらゆるものを吸い込んでいく。
逃げ出した住人も、道も、建物も。あらゆるモノが空間からはがれるように渦に吸い込まれていく。

「私はこの物語を最後に筆をおく。そして、この本が世間に触れることは二度とないだろう=v
俺はその嵐の中、自分の意思とは無関係に口から漏れるその言葉を聞きながらも、必死にその場に踏みとどまろうとする。
「「気差魔嗚呼ああああァぁぁ嗚呼ああアアアぁぁぁぁ!!!!!」」
渦の中心にいるチャールズとワトソンは、その全身が黒ずみ、ボロボロと剥がれながら朽ち果てていく。
俺は立っている事ができず、その場に膝を突いた。
そして、その渦の中心が少しずつ、少しずつ、俺に近づいてくる。
口から黒ずんだ液体を吐き、腕はぐちゃぐちゃになりながらも呪いの言葉を吐き続けながら、その両腕を俺に伸ばす。

「「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼アア嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼アアアァァぁぁァぁぁッァ亜!!!!!!!!!」」

ドロドロのセカイで、俺とチャールズとワトソンは出会った。
俺は強風に目も開けられないまま、細目でその姿を見上げる。
奴は、ぐちゃぐちゃの熟れた果物みたいになって、目の周りが崩れ、かろうじて眼球が顔の上に乗っているような状態で俺の事を見下ろした。
「「御一人様ぁァ嗚呼。楽園へご招待イいいぃっぃぃ!!!」」
腕を伸ばす。
瞬間、ワトソンとチャールズの足元が真っ黒になり、底なし沼のように二人を引きずりこんでいく。
ワトソンとチャールズは、闇に埋没していく自分の足を不思議そうに見下ろす。
ズブズブを沈み、地面に座り込む俺と同じ高さに視線が来るまで、闇と自分の曖昧な境界を見下ろしていた。

ゆっくりと、ワトソンとチャールズが顔を上げた。
不意に目が合う。
チャールズとワトソンは笑っていた。
ような気がした。
そのまま視線を上に向けたワトソンとチャールズは、闇意外何も見えなくなった楽園を仰いだ。

「「……ヨウコソ、楽園ヘ……」」

グシャっと、腐敗した生ゴミみたいに二人の顔が崩れて闇に落ちていった。
それを最後に、俺は目を閉じた。
今だ強風が世界を蝕み続けている。
さらに強さを増した破壊の風の中。俺は耐え切れず地面にうずくまり、必死に自分にしがみつく事しかできなかった。

そして、自由の利かない俺の口は最後の言葉を口にした。
「世界ニ幸運アレ――――=v

耳を劈く竜巻は、僕の存在すらも掻き消すように、
世界を飲み込んでいった。



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