遺愛の国のアリス 編 +第三章


  「見てごらんワトソン。久しぶりのお客だよ。」
 「そうだねチャールズ。見たところ人間の男の子のようだね。」
 「実に結構。最近若い者が居なくて活気を忘れていたところだよ。」
 互いに言葉を掛け合う気持ち悪いイキモノ。
 どうやら僕について話しているようだ。
 僕とそのイキモノとの距離は五メートルも無いぐらいだろう。
 そのイキモノは、僕について話しながら近づいてくる。
 「なあ、ワトソン。」
 犬が言った。
 「なんだね、チャールズ?」
 兎が答えた。
 「彼をどう見るかね?」
 「うむ。素晴らしいと思うよ。」
 僕はその光景をただ黙ってみている事しかできなかった。
 そして、そのイキモノが僕の目の前にやってくる。
 「「やあ。」」
 気持ちの悪いぐらいに重なった二つの声が、僕に迫った。
 「私はチャールズ。」
 犬が言って。
 「私はワトソン。」
 兎が言って、
 「「御機嫌よう」」
 再び重なった。
 「……………」
 僕は何も言えず、ただ、恐怖の目をそのイキモノに向けることしかできなかった。
 「おやおや、怖がっているようだよ、チャールズ?」
 「仕方がないさワトソン。こんな姿のイキモノは、彼は見た事がないのさ。」
 「ああそうか。そうだったねチャールズ。」
 「あんたらは……」
 どうにか紡ぎ出した言葉も、この四つの目僕を注視した途端、喉の奥に引っ込んでしまった。
 「ああ、大丈夫。そんなに怖がることは無いよ。私達は君に何もしないさ。」
 「そうだよ少年。私達は素直で慈悲深くて優しいことで有名なんだ。」
 「それは言いすぎだよワトソン。」
 「そうでもないさチャールズ。皆噂しているよ。『あいつは正直者だ』ってね。」
 「君も僕なのだからそれは君に向けられた言葉かもしれないよワトソン。」
 「それはないさチャールズ。」
 カラカラと笑いながらそのイキモノは会話を楽しむ。だがこっちはそれどころの話ではない。寒くて死にそうな上にわけの分からない奇妙生物と遭遇してしまった僕の思考回路はすでにデッドオーバー滅茶苦茶だ。
 「あ、あんなたらは、一体、な、何だ!」
 震える唇が、決して寒さだけのせいではないと分かった。
 「我々が何か?」
 二人(もはや、このイキモノを「二匹」と呼ぶことはできないように思われた。)は、ただでさえ大きい口をめいっぱいに広げて、雄叫びを上げるように語りだした。
 「その質問に答えるためには、まず、ここがどこかを説明する必要がある!」
 手に持っていたステッキを一回くるっと回して雪に突き刺す。そして、空いた両手を高らかに挙げた。
 「ここは楽園!」
 「ここは天国!」
 「悩みも無い!」
 「病気も無い!」
 「不幸も無ければ!」
 「地獄も無い!」
 「「ここは至極の都『ヌーヴェル・リュンヌ』!!!」」
 「夢を喰い過ぎた獏が住み着き!」
 「人を惑わす事を忘れたウィッチ魔女と血を吸う事を嫌うヴァンパイア吸血鬼が寝起きを共にし!」
 「世界を造るのに飽きた神様が最後に辿り着く場所!」
 「「それがここ!『ヌーヴェル・リュンヌ』!!!」」
 「さあ歌おう!」
 「さあ踊ろう!」
 「安心したまえ、ここの一日は死ぬほど長い!」
 「さあ寝よう!」
 「さあ夢見よう!」
 「安心したまえ、ここの悪夢は光に満ちている!」
 「さあ狂おう!」
 「さあ嘆こう!」
 「安心したまえ、ここには感情なんてありゃしない!」
 「愛も、希望も、生命も!」
 「死も、不安も、絶望も!」
 「All is nothing for evrything!ここには何でもあって何にも無い!」
 気付けば雪は止んでいた。
 雄弁を振り回した奇妙なイキモノは、両手で空を掴み、ギラギラした四つの目を僕に向けて、最後に言った。
 「ようこそ!」
 「我らが楽園!」
 「「『ヌーヴェル・リュンヌ』へ!!!!」」



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