遺愛の国のアリス 編 +第六章

 走る。
ひたすら走る。
息が上がる。でも走る。
逃げる。
逃げる。
逃げろ。
何から?
楽園から逃げろ!
目の前は相変わらず雪景色。
地平線。
黒い空と白い地面の境界線。そこに一つの違和感を感じる。
ただ二色だった場所に一点のアクセントが見える。
それは茶色。
近づくと、それは縦に長い長方形。
さらに近づくと、それは扉。茶色い木製の扉。よく、豪華な洋館で見ることができる両開きの扉だ。扉にはライオンや鳥の装飾が彫りこまれた古めかしい大扉だ。
なぜこんなところに扉があるのかは分からないが、俺は一直線にそれに向う。このパターンでいくと、あの扉を抜ければ違う場所に抜けられる気がする。まさか現実的にそんなことはありえないのだが、目の前にあんな気持ちの悪いイキモノが現れて、しかもそれが俺を襲ったのだ。夢かとも思ったが、にしては、感覚がリアルすぎる。
「扉を抜けるとそこは不思議の街だった」みたいな事を信じている今の自分が馬鹿みたいだが、俺は自分を信じる。
これは夢じゃない!その確信はある!
幽霊や妖怪はいるか?もちろん答えはノー!俺は自分の見たものしか信じない。では、頭を二つ付けた気持ち悪い着ぐるみが人を襲う事があるか?答えはイエス!
矛盾してる?その答えはノー!
俺は俺を信じている。だから俺が決めたことは破らない!自分が考えた事は否定しない!
だから俺は走る。だから俺は扉に向かう。
あの扉の向こうには、何らかの形の救いがあると信じている!

『なに?あの扉通るの?止めておいたほうが良いと思うよ〜?』
声が響く。
五月蝿い!

『絶対お勧めしないね。止めた方がいいって。』

黙ってろ!
俺は『声』を押し切って走る。
俺は走る。
そして扉に到着する。でも歩を止めない。両開きの扉のセオリーは押して開くドア!そんな気がする!だから俺は考えた!止まって丁寧にノブを回す時間が勿体無い。いや寧ろその時間が不安だ。だから蹴破ってやる!
目の前に扉。
俺は扉に懇親の蹴りを叩き込む。
どうやら幸運にも、その扉は押し開き。バチンと金具が壊れる音と共に、扉の中央に一直線の亀裂が生じる。
「っつ!!」
眩しい。
扉の向こうは光が満ちていた。
俺はかまわず中を突き進む。
目も開けてられないほどの閃光が辺りを包み、自分の存在すらもかき消してしまうかのようだ。
それでも歩を止めない。俺は目を閉じながらも勘で進む。
次第に、辺りの閃光が止む気配を感じた。
背後では木造扉が重々しく閉じる音が聞こえる。
ぎゅっと閉じた瞼を少しずつ開く。
すると、細めの遮光の狭間からその光景は浮かんできた。
もうそこに雪は一欠けらもなかった。
代わりに、灰色の石畳と赤レンガで組み上げられた建物達が姿を現した。
そこはまるで中世ヨーロッパか、はたまた、シャーロックホームズやモリアティー教授が暗躍したロンドンの街並みのようだ。
真っ直ぐに伸びたメインロード。入り口らしきアーケード。その上部に掲げられた看板は、染みのついたブリキの板。そこに刻まれたアルファベット。英語の成績は良い方ではない。だが、そこに書かれている文章は簡単に読み、その意味を理解することができた。なぜなら、さっきからその名前を聞きまくっていたからだ。
そこに書かれている文を訳すとこうなる。『ヌーヴェルリュンヌ・イシビヤラストリート』。

『だから言ったのに。』

嘆きの声が俺の背中に突き刺さる。
俺はどうやら『ヌーヴェル・リュンヌ楽園』に足を踏み入れてしまったようだ。



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