遺愛の国のアリス 編 +第七章

 「扉を抜けるとそこは不思議の街だった。」そんなフレーズが俺の頭の中を駆け巡る。
 そこはさながらメン・イン・ブラック≠フ地下基地。さもなければ、千と千尋≠フ神様の町。
 どうとでも表現できるが、この奇妙さを的確に表現する事はできない。
 まさにそこは、言葉どおりの意味で「モンスタータウン」。
 メインストリートを行き来するモノ達は、大よそ得体の知れないもの達ばかりだ。
 今、俺の目の前を通り過ぎて行ったのは、球体に目玉を大量に貼り付けたような妖怪。
 今、肉屋で肉を売っているのは、人型ではあるが、体中が緑色の煙みたいなもので構成されている怪物。
 そこで肉を買っているのは、三百歳を悠に超えているような老婆で、鼻が異様に高くて、黒ずくめ。たぶん魔女だ。
 後は、身長五メートルを越える高さで、枝のように細い紳士と淑女のカップル。
 首の無い犬を連れた、首の無い女性。
 逆に、五つの首を縦に繋げた男性。
 二足歩行する犬、猫、鳥、ライオン、トカゲ、亀、鯛、ヒラメ。
 羽の生えた蛇が空を舞い、足の生えた箪笥が街を闊歩する。
 この世の終わりみたいなその街は、確かに俺の目の前に姿を見せていた。
 
 『通行の邪魔だよ。』
 
 声が響いて、はっと横を見ると、カブトムシの頭だけ犬にしたようなイキモノが、俺の横でぶるぶると震えていた。
 「っ!」
 俺が一歩身を引くと、そのイキモノは、怒ったように頭をブルブル振りながら俺の前を横切っていった。
 
 一息つこう。
 まずはこの事態をまとめる必要がある。
 もう、俺の脳みそはオーバーヒートギリギリだ。
 俺は人目(?)につかない路地裏に入って、ブリキのゴミ箱の陰に座った。
 まずは思い出してみる。
 最初気付いたら、俺は雪原のど真ん中に立っていた。しかもなぜか、その時俺は自分が誰なのか忘れていた。
 そのあと、ふらふらと彷徨って、あのワトソンとチャールズが現れた。奴に襲われた後はとりあえず走って、どこに向ったかも分からないがとりあえず逃げた。で、扉があったからそこに逃げ込んだら不思議の街、もとい「ヌーヴェル・リュンヌ」に足を踏み入れちまった。
だがここで問題なのは、その前だ。雪原に立つその前、俺は一体どこで何をしていた?
思い出せ思い出せ思い出せ。
そうだ、「今日」は一段と寒かった。だから手袋を付けて、マフラーを巻いたんだ。
何のために?
そうだ学校だ。学校に行くためだ!
そうだ思い出してきた。
学校に行く途中で何かがあった?
違う!
思い出せ思い出せ思い出せ!
そうだ。学校には行ったんだ。ちゃんと授業も受けた記憶がある。
じゃあその後は?最後まで授業は聞いたか?地学、数学、古典、体育、英語、数学。
そうだ、今日は数学が二時間あって憂鬱だった。今日はちゃんと学校へは行った。
部活。俺は部活に入っていない。俺はそのまま帰宅した?
帰宅した。間違いなく帰宅した。校門脇の梅が蕾をつけていたのを確認した。
そのまま帰路に着いた。
その後はその後はその後は?
街に出向いた。
ブラブラしに行った。時間があったからだ。
何をしたか何をしたか何をしたか?
何をした?
別に何も。
そうだ。何もしていない。
ただ、街は五月蝿かったから、静かなところを探した!
どこを探した?
路地裏。
そう路地裏だ!
俺は路地裏に入って行ったんだ!
パチンコ屋と、八百屋の間の狭い路地に入った。そこは、今は廃屋のホテルの中庭に繋がってたんだ。
そこに行った。
そこまでは覚えてる。
上を見上げると
茜色の空が正方形に切り取られていたんだ。
そこで?
その後は?
そこで何があった?
何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が?

何があった?
思い出せない。



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