遺愛の国のアリス 編 +第八章
| そうだ。 思い出せない。 次に思い出した時。 そこに広がっていたのは。 雪原だった。 その瞬間。脳みそが揺さぶられる。 こめかみを押さえて激痛に耐える。 痛い痛い痛い。 痛い? 違う。 痛いんじゃない。 歪んでいる。頭の中が歪んでいる。 まるで自分じゃない意思が俺の中に流れてくるように、頭が歪む。 『大丈夫?』 そうだ忘れていた。 ここに、もう一つ奇怪現象がいた。 「おい。」 『何?僕に話しかけてんの?』 やっぱり答えた。どうやら意思疎通はできそうだ。 「何お前。」 『何でしょうか?』 はぐらかされた。 「いいや。お前が誰とか何とかそういうのはもういい。とりあえずさ。お前はここの逃げ方知ってる?」 『ここというのは楽園のことかな?』 「楽園に限らず、この悪夢から俺を目覚めさせる方法。」 『知らないわけじゃないけど、知っていると言うと嘘になるね。』 「どっちだよ。」 『方法は知ってるけど、でも内容をまだ知らない。』 「まだ?どういうことだ。」 『時がくれば分かるんだけどね。まだ少し時間が掛かる。』 「具体的にどれくらい?」 『君次第かな。』 「……どういうことだ。」 『ああ、そんな事を気にしている暇はないよ。』 不意に、自分の影の上を違う影が覆う。 見上げると、そこには空中を闊歩する奴の姿だ。 「ああ、チャールズ。何て喜ばしい事だろう。」 「そうだねワトソン。自分からこの地に足を踏み入れるなんて、それほど熱心なのさ。」 けらけらと笑う奇妙生物を見上げながら、俺は毒づく。 「勝手な妄想繰り広げてんじゃねえよ!」 「ああ、何て反抗的な目!」 「恐ろしい!恐ろしいよワトソン!」 「「よし!彼らにお願いしよう!!」」 チャールズとワトソンは高たらかに両腕を挙げ、右指をはじく。 次の瞬間、大地震がオレの背後を襲う。 振り返る。そこには地面が盛り上がって小山ができていた。その小山が次第に大きくなり、天辺から巨大な黒い塊が二本飛び出してきた。ぎざぎざの突起物のついた巨大な二本の柱は地面を掘り返し、次に出てきたのは、先ほどの日本よりもよりぎざぎざで、しかも形が歪んでいた。それが二本。また同じ形が二本、さらに二本、けいぽっぽんガ飛び出ると、いよいよ山の天辺が爆発して、その異様な物体の正体が現れた。俺の知っているそれはもっと小さい。掌サイズで夏の王様、そして子供達の憧れ。そうクワガタだ。だが、俺の目の前に現れたそれは、クワガタというには余りにも大きすぎた。その全長は優に三十メートル超。まさに化け物だ。 その化け物の黒くぎょろっとした目がこっちを向いた。俺は身を震わせた。 こう言っちゃ何だが。 マジで洒落にならない。 瞬間、そいつはギチギチと嫌な音を立てる六本の足をフルに使って身体を俺のほうへ向けた。 ただでさえ狭い路地裏なのにも関わらず、そのお化けクワガタは頭をぶんぶん振って巨大な顎で周りの建物を破壊しに掛かった。 顎が建物を抉るたびに砕けた石片がばら撒かれる。俺は量の腕で頭をガードしつつも、叫び声を上げながら路地裏から飛び出した。 転がるように街道に飛び出た俺に、奇妙なこの世界の住人達は不可思議そうな目を向けた。 だが、今はこの不思議生物達を観察している暇はない。俺は立ち上がって走り出した。 |