遺愛の国のアリス 編 +第九章

 天を突くような爆音が響く。走りながら振り向くと、狭い路地裏の入り口からクワガタの巨体が無数の石片とともに飛び出してきた。
周囲にいた住人達を吹き飛ばし、悲鳴らしき声が上がる。
あんな変な生き物でも声があるんだな、と思った。
土ぼこり晴れる前に、巨大クワガタが前進を始めた。
もちろん目標は俺だ。
六本の足が遠慮なく地面に刺さり、道行く住人達をも巻き込んで暴走している。
怒号とも聞こえる猛烈な低音を響かせて、巨大クワガタが迫ってくる。
足の長さが違いのだ。あっという間に追いつかれてしまった。
クワガタの顎が振り下ろされる。
俺はとっさに左に身を投げた。
撃音。
鋭いクワガタの顎が地面を抉る。
まるでブルドーザーみたいに土を掘り起こし猛スピードで通り過ぎる。まるで怒れる王蟲を見ているかのようだ。
「「捕まえろ!」」
叫び声は空中から。
見上げれば、クワガタが造った溝の上空にチャールズとワトソンの姿だ。
その四つの目がばらばらの方向を見ながら、再び言った。
「「捕まえろ!」」
そのお声が向けられているのは、この世界の奇妙な住人達だ。
その瞬間、何十何百という目(中には目を持っていない奴や、たくさん持ちすぎている奴もいたが)が一斉に俺に向けられた。

その瞬間。俺は生命の危機を感じた。



後は簡単だった。
ピンキリに気持ち悪い連中が波のように押し寄せて俺の事を取り囲んだ。
何人か蹴ったり殴ったりしたが、蹴っても殴っても何の効果もない骨無しぐにゃぐにゃ人間が俺の足に絡みついたのを機に、一斉に俺に飛び掛り、簡単に押さえつけられてしまった。



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